小室哲哉【引退】scene 80’s デジタルロックの思い出

2018年3月21日

邦楽を変えたアーティスト 小室哲哉を振り返る

 

はじめに

2日くらい前でしょうか、ネットのニュースで「小室哲哉、不倫疑惑」のニュースを見て「またですか~」とその時は特に何も思わなかったのですが、1月19日にabema TVで謝罪会見の放送をするということで番組を見てみると・・・

 

 

 

 

 

 

突然の「引退発表」にビックリしました。その発言だけでもびっくりなんですが、会見の中で自らの口から「音楽を作るのが重荷に感じる」、「才能が枯渇した」、「職業としての定年を考えるようになった」。こんな事を言うような人じゃないと思っていたので二度ビックリです。

CDが売れなかろうがそんな事全然気にしない「マッドサイエンティスト」だと思っていたのに・・・。売れようが、売れまいが詐欺で捕まろうが、ずっと音楽の仕事に死ぬまで携わっていく人だと勝手に思っていました。

不倫に関しては私はどうでもよかった、そんな事「何を今更」だったんですけど・・・。

でも奥さんを支えながらの音楽活動は難しかったのかな・・・遠まわしに奥さんの介護の事を言っていたのですが、つらそうでした。

 

なんか会見を見終わったら、昔の彼の楽曲が聞きたくなってきた!。不謹慎かな?

でも30年前は「すごい音楽だ!」と本当に思ったんです。「衝動感」ってやつでしょうか。

そんなの歳とった今では感じることがなくなってしまった。どれもどっかで聞いたことある、です。

そこでオジサン・オバサンには「懐かしく」、若い方には素晴らしい日本の古典音楽の数々、小室哲哉の作品を紹介させていただきたいと思います。

 

 

 

TMネットワークとの出会い  

 

 

 

思い返せば小室哲哉との出会い、というかTMネットワークとの出会いは約30年前の1986年くらいだったでしょうか。当時の日本の音楽シーンは海外からかなり遅れていて、「ロックミュージシャン」というのは100%海外のアーティストのことを指していました。

テレビの歌番組でも「夜のヒットスタジオ」なんかは積極的に海外のアーティストを呼んで出演させていました。海外の楽曲のカバーシングルもたくさん作られて最先端の音楽は海外から、という時代でした。

でも「カバー」は裏を返せば日本のミュージシャンにはセンスある曲は作れなかった、ということです。特にダンスミュージックのテイストがある曲はそうだったんだと思います。

当時は一部の「ロックのジャンル」アーティストは存在していたのですがひっそりと知る人ぞ知るインディーズなのかメジャーなのかどっち?みたいなアーティストが多かったんじゃないかな?。

テレビに出るような少し有名な人は「ニューミュージック」という音楽ジャンルで括られていて、すごく歌謡曲寄りでした。70年代をおおいに引きずっているような・・・。

そんな時代にそれを一つ飛び越えたグループが「TMネットワーク」でした。

 

 

 


GORILLA

 

 

 

私が初めてTMネットワークの曲を知ったのはFMラジオから流れきた「Come on Let’sDance」でした。先ほど書いたように普通の?「ロック」ですら世間の人には一般的ではないのに、いわゆるコンピューターを使った「打ち込み」音楽で、しかも「ダンスミュージック」です。

コンピューターやシンセサイザー(死語ですね)を使ったミュージシャンは「YMO」や「喜多郎」(笑)なんかを知っていたのですが当時少年の私には「前衛的」で退屈でちょっと古い音楽という認識でした。YMOはテクノミュージックと呼ばれていましたね。ピコピコと電子楽器が鳴る「テクノ」はロックとは程遠く「ださい」と思っていました・・・。

海外では1980年代初めに「ニューウェーブ」のブームがあり、ロックと電子楽器のミックスは音楽としては一般的だったんですけど日本のミュージシャンでニューウェーブっぽい楽曲を聞いたのはこれが初めてでした。曲中に「サックス」のフレーズが入っていたりしてまさに「その」音楽でした。

でもその時はアメリカやイギリスからは5年遅れているなと正直思いました。「へー、すごく洋楽っぽい」ぐらいの感想だったのですが・・・。

 

 

 

「My Revolution」で初めて世の中に知られた       

 

 

 


Lovin’ you -30th Anniversary Edition-(初回生産限定盤)(DVD付) CD+DVD, Limited Edition

 

 

 

同じ時期くらいに「渡辺美里」さんのシングル、「My Revolution」がスマッシュヒット(までは、いかないのかな)したんです。今聞いても全然古くない、ロックとダンスミュージックをミックスしてそれに少しだけ「歌謡曲」を足した、いわゆる「J-POP」の誕生だったと思います。

この時初めて作曲家の小室哲哉の名前を知ったんです。レコード大賞の作曲家賞?を受賞して出演している姿もテレビで観ました。たしか中山美穂の曲も作ったんじゃないかな?。作曲家としての第一次黄金期です。

※この「lovein’ you」当時の名盤です。小室さん以外にも岡村靖幸さんなど当時は無名の天才アーティストが参加していました。

 

 

 

知名度を絶対にした「GET WILD」         

 

 

 


Gift for Fanks(DVD付) CD+DVD

 

 

 

そして多くの人が驚いたと思うのが伝説の「Get Wild」です(笑)。この曲もやはりFMラジオで初めて聞いたのですが、初めて聞いた印象は「この曲にはがいない」でした。

音楽には必ずルーツがあると思うんですがこの曲にはそれがない、と思いました。

あるのかもしれませんが、当時の私にはもちろん分かりませんし、今の自分にも「この楽曲の影響を受けている」という作品が思い当たらないんですね・・・。

「デュラン・デュラン」のようなニューウェーブのバンドの楽曲っぽくもあるんですがそれよりも激しくロック寄り、というか電子楽器で作ったまさに「ロック」。突然変異で生まれた「デジタル・ロック」の祖先、怪物と言ったところでしょうか。

ちょっとだけ血が流れているとしたら「POWER STATION」かな。一番80年代っぽいロックだと思います。

 

 

 


パワー・ステーション(紙ジャケット仕様) Original recording remastered

 

 

 

このGet wildのスマッシュヒット?を受けて、急遽「ベスト盤」が作られました(たぶん)。

前のアルバムからそんなに時間を空けずにベスト盤「Gift for Fanks」がリリースされたのを覚えています。Get wildはオリジナルアルバム未収録のシングル曲だったからです。

「Fanks」はファンク・パンク・ロックを合わせた造語だったかな?でもそれって「ニューウェーブ」のことじゃないのかな、と当時は思ったりして・・・。

※文中にFMラジオが頻繁に登場しますが当時の私、というか一般的な10代の少年はラジオから楽曲を知るのが普通だったと思います。レンタルCD店などはまだ存在せず、たくさんの楽曲を聞く方法は「ラジオ」しかありませんでした。その為にFMラジオ専門誌がいくつも刊行されてました。FMステーション、とかです。雑誌に「このラジオ番組ではこんな曲が流される」が、すでに書いてあったのです!。

 

 

 

human system そして「CAROL」・・・世間の評価は分かれた

 

 

 


humansystem

 

 

 

ベスト盤の次にリリースされたのが「humansystem」です。ものすごくロック「寄り」になって、私自信はデジタルロックの「かっこいい進化」だと思っていて今でも好きです。

鈴木亜美さんのカバー曲の「BE TOGETHER」やファンクっぽい「KISS YOU」が収録されています。

でもこの頃から今で言う「アンチ」が現れ始めます。私の周りでも「テレビゲームみたいな音楽」や「機械で作っていて誰にでもできる」などと言う人が・・・。そんな人に限って音楽

なんて今までろくに聞いたことがないし知りもしないんです。

今となっては音楽のデジタル製作は当たり前なんですが当時は「ミュージシャンじゃない」みたいな一般人の空気でした。

でも小室哲哉はそんな風評を裏切る、名盤を発表します。

 

 

 


CAROL A DAY IN A GIRL’S LIFE

 

 

 

実験的な「コンセプトアルバム」です。コンセプトアルバムとは「あるテーマや物語」にそって作られたアルバムです。ジャケットを見て分かると思いますが、「ファンタジー」や「ロールプレイングゲーム」の世界観でアルバムが作られていて、デジタルの打ち込みなのに暖かさがある音作りがされていました。たしかビートルズ?とかもレコーディングをしたイギリスの録音スタジオで製作されたと記憶しています。

このアルバムには「逆襲のシャア」の主題歌「BEYOND THE TIME」や映画「ぼくらの七日間戦争」主題歌「SEVEN DAYS WAR」も収録されているのですが、アルバムに合うように収録の曲番を考えて入れていたり、アルバムバージョンとして再録されていて世界観を壊さないように作られていました。

今聞いても「音が古くない」名盤だと思っています。

このアルバムで音楽センス以外に「プロデュース」の才能も頭角を表しはじめたと思います。かなり後から知ったのですが、このアルバムのジャケットイラストを担当したのは「エヴァンゲリオン」を後に製作した会社だそうです。小室さんの直接の指名かどうかまでは分かりませんが、「アニメの会社に」というプランは持っていたかもしれませんね。偶然でしょうけど、すごい先見です(笑)。

 

 

最後に

小室氏の特に1980年代のTMネットワークの思い出を中心に書きましたが、1990年代編も近々に書きたいですね。総括すると80年代の小室は電子楽器とダンスミュージックとロックの「融合実験」を行う狂気のマッドサイエンティストでしょうか。ラジオでも木根尚登に言われていました。この頃はヒット曲よりも誰も聞いたことがない音楽を作りたい、というのが当時でもよく分かりました。

いろいろと意見はあると思いますが、TMネットワークを解散してからの「小室ファミリー」のブームは少し寂しかったかな・・・。何も生まれなかった気がします。

カラオケに合う、かつて彼を馬鹿にしていた人向けの音楽を量産するようになった。なんでだったのかな?。自分の楽曲を酷評した世間を見返すため?。そう考えてしまうとなんとも悲しいんです・・・。

「大大ヒットメーカー」になってからは彼の楽曲はあまり聞かなくなってしまっのですが、そのブーム前夜の思い出を中心にまた書けたらいいな、と思っています。

 

 

 

 

 

 

 

音楽

Posted by hivicon